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スペースカレンダー 2007年8月


Credit: NASA/JPL

2007.4.28.更新

日付は米時間 AU:天文単位 ロケットの打ち上げ日は、変更されることがよくあります。
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2007.08.01ケネディ宇宙センター、創立45周年(1962)
2007.08.01山羊座アルファ流星群がピーク
2007.08.02プログレス M-61、ソユーズUで打ち上げ(国際宇宙ステーション26P
2007.08.02ルナ・オービター5号打ち上げ、40周年(1967)
5機の「ルナ・オービター」の最後の探査機。アポロとサーベイヤーの着陸サイトの撮影と、月の裏側の未撮影部分の撮影が行われた。撮影以外では、月の測量、放射線強度、流星塵衝突データが収集され、有人宇宙フライト通信ネットワーク・トラッキング・ステーションの機能確認と、アポロ軌道決定プログラムの評価も行われた。月面の撮影ミッションは1967年8月6日から18日まで行われ、解像度2メートルまでの高解像度画像が633枚、中解像度画像が211枚撮影され、全5回のルナ・オービター・ミッションの撮影で、月の99パーセントの部分がカバーされた。探査機は、1968年1月31日に、管制からのコマンドによって南緯2.79度、西経83度の地点に衝突した。
2007.08.03★ フェニックス(火星着陸船)、デルタ2で打ち上げ
2007.08.05カッシーニ、第123回軌道修正
2007.08.07南の水瓶座イオータ流星群がピーク
2007.08.08★ (2007.4.28.更新)STS-118 ペースシャトル「エンデバー」打ち上げ、S5 トラス・セグメント(国際宇宙ステーション13A1)
2007.08.08サリュート5宇宙ステーション大気圏再突入焼失、30周年(1977)
ソ連の成功した2つ目にして最後の軍事宇宙ステーション。構造はサリュート3と似ており、その公式な目的は、宇宙船システム、その設計と装備のテスト、科学的及び技術的リサーチと実験ということで、これもサリュート3と同じである。科学リサーチも行われはしたが、可視光と赤外線による地表の撮影など、ステーションは主に軍事的に使われた。撮影フィルムは船内で現像され分析されて、再突入カプセルに入れられて地上に戻された。打ち上げは、1976年6月22日にプロトン8K82Kで行われた。その後2年間で、3つの宇宙船がサリュート5に飛んだ。サリュート5への最初のミッションはソユーズ21で、2人の飛行士が49日間にわたってサリュート5に滞在した。ミッションは2ヶ月間の予定だったが、飛行士のゾロボフが病気になり様態が悪化したため短縮された。次のミッションはソユーズ23だったが、1976年10月15日に試みられたサリュート5とのドッキングは失敗し、ミッションは中止を余儀なくされた。2人の飛行士は、ブリザードの吹くカザフスタンのテンギス湖に着水した。2人は翌朝まで救出されなかったが、奇跡的に助かった。最後のミッションはソユーズ24で、1977年2月8日に2人の飛行士が打ち上げられた。このミッションはソユーズ21のものよりも短かったが、成果は同じくらいあった。サリュート5への4回目のミッションも計画されていたが、ステーションの燃料がなくなり中止された。サリュート5の軌道は下がり、1977年8月8日に大気圏に再突入して燃え尽きた。
2007.08.09フェニックス、第1回軌道修正
2007.08.10TOPEX/Poseidon打ち上げ、15周年(1992)
ESAのアリアン42Pによってフランス領ギニアから打ち上げられた、CNESとNASAの共同プロジェクトで海洋気象観測衛星。この衛星で、全地球の海洋の詳細調査が行われた。2005年10月にミッションは終了し、最も長期間地球周回をしたレーダーミッションとなった。
2007.08.10昼間の火球出現(ユタ州とカナダ)、35周年(1972)
2007.08.11ヴォストーク3号 打ち上げ、45周年(1962)
ソ連の1人乗り有人カプセル。同4号も1日後に打ち上げられて3号から5km以内の距離を飛行し、無重力下での人間の機能の調査と科学観測などが行われた。軌道上滞在は、3日間で、8月15日に帰還した。
2007.08.11アサフ・ホールによる火星の月デイモス発見、130周年(1877)
アサフ・ホール:米国の天文学者。火星の2つの衛星 (デイモスとフォボス) の発見とその命名で知られる。
2007.08.12ルセウス座流星群がピーク
2007.08.12ヴォストーク4号打ち上げ、45周年(1962)
2007.08.13クリスティアーン・ホイヘンスによる火星の南極冠発見、365周年(1642)
2007.08.17アサフ・ホールによる火星の月フォボス発見、130周年(1877)
2007.08.20ヴォイジャー2号打ち上げ、30周年(1977)
双子の探査機「ヴォイジャー1号」と「ヴォイジャー2号」は、1977年に1ヶ月の間隔を置いてフロリダ州ケープカナベラルから打ち上げられた。2つの探査機の当初の目的は、木星と土星、それに土星のリングと2つの惑星の大きな月を観測することで、探査機の寿命は5年を想定して設計された。しかし、ミッションの目的が成功裏に達成され、探査機の機能が正常だということがわかり、さらに遠方の2つの巨大惑星「天王星」と「海王星」のフライバイを視野に入れた準備がジェット推進研究所のミッション科学者とエンジニアによって開始された。こうして、フライバイする惑星は2つから4つになり、ミッションの長さも5年から12年以上というものになった。最終的に、ヴォイジャー1号と2号によって探査されたのは、4つの巨大惑星全てと、その合計48の衛星、さらに、巨大惑星のリング系と磁場だった。ヴォイジャー・ミッションが木星と土星だけだったとしても、天文学の教科書を書き換えるような発見があったが、それが2倍になったことで、太陽系の惑星の起源と進化についての大きな疑問が解決され、さらに新たな疑問も生まれるという革命的な科学成果を上げることができた。このミッションは、175年に1度という、外惑星が好都合に並ぶ機会を利用したもので、それぞれの惑星のフライバイで探査機の方向を曲げ、同時に速度を増すという方法が採られた。これによって、大量の燃料を運ぶ必要がなくなり、海王星まで30年かかるミッションが12年に短縮された。当初の目標が4つの全ての大惑星ではなく木星と土星に限定されたのは、海王星という遠方への飛行では、探査機の強度や機器類にかかる費用が多すぎたからである。木星とその月の「イオ」、そして土星とその大きな月の「タイタン」をフライバイする軌道は、1万種類以上が検討され、ヴォイジャー2号については、天王星と海王星へも飛行できる軌道が選ばれたのである。先に打ち上げられたのはヴォイジャー2号で、打ち上げは1977年8月20日にフロリダ州ケープカナベラルのNASAケネディ宇宙センターからだった。ヴォイジャー1号の打ち上げは1977年9月5日で、2号より後に打ち上げられたがこちらの方が近道の軌道だったため、木星と土星到達は早かった。1号の木星到着は1979年3月5日、土星到達は1980年11月12日で、一方、2号の木星到達は1979年7月9日、土星到達は1981年8月25日である。1号の軌道は、土星の月「タイタン」の近くを飛行してから土星のリングの裏側へ出るというもので、これによって探査機の軌道は黄道(ほとんどの惑星が太陽周囲を廻っている共通の面)から北方向へ外れるものとなった。これに対して、2号が土星をフライバイした後の軌道は、自動的に天王星の方向へ進むものとなった。土星フライバイの後、NASAは2つのヴォイジャーの延長ミッションを許可し、2号については最終的に海王星までの延長ミッションが認められ、ミッション名も「ヴォイジャー海王星星間ミッション」と改名された。2号は1986年1月24日に天王星に接近して詳細な画像とその他の天王星に関するデータ、天王星の複数の月、磁場、暗色のリングにつてのデータも送り返してきた。一方、1号も飛行を続け、現在では太陽圏外縁部に探査機として初めて到達しているのかもしれない。2号が海王星の近隣に到達したのは1989年8月25日で、探査機は海王星の南、つまり黄道面の下方向をフライバイして、1号と同じように星間空間に進む方向になった。こうして、現在のヴォイジャー・ミッションは、「ヴォイジャー星間ミッション」と呼ばれている。ヴォイジャー1号は現在、黄道面に対して約35度の角度で上方向に進んでおり、その速度は1年間に5億2000万kmである。2号も太陽系から出る方向に進んでおり、黄道面から下48度の方向で、1年間に進む距離は約4億7000kmである。2つのヴォイジャーは現在でも機能しており、太陽の影響が及ばなくなる境界線を探している。ヴォイジャーは原子力電池が電力を供給できなくなるまで、今後20年から30年は貴重なデータを送り返してくるものと思われる。
2007.08.21コペルニクス打ち上げ、35周年(1972)
2007.08.25北の水瓶座イオータ流星群がピーク
2007.08.27カッシーニ、第124回軌道修正
2007.08.27マリナー2号(金星フライバイミッション)打ち上げ、45周年(1962)
2007.08.30★ カッシーニレア・フライバイ
2007.08.30David JewittJane Luuによるカイパーベルト天体「1992 QB1」の発見、15周年(1992)
2007.08.31★ カッシーニタイタン・フライバイ

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